Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
アメリカ全州訪問の旅 第1部(124)The Grand Tour - Part I "California to Ohio" 〜 Glacier NP, MT to Wyoming (5)
2007.8.3.: モンタナ州のグレイシャー国立公園 (Glacier National Park) から89号線で、隣の州、ワイオミング州を目指して89号線で南下中。

何時間運転しても、牧草地とか小麦畑とかトウモロコシ畑とか大豆畑とか、同じような景色が続くのがこの大陸だ。雨のカーテンも,青い空の見える雲間を縫って降りつづける。

blog TAKE 93 To Yellowstone, 89S, Sky & Wheat Field near Dunes_26863-8.4.07.jpg

ルイス & クラーク探検隊 (the Lewis and Clark Expedition 1804-06) が太平洋までの道筋をつけた後、特に毛皮取引を生業とする英、仏、米の猟師やバイヤーが続々と現在のモンタナ州になる地区に入って来た。この地域には,ブラックフィート族 (the Blackfeet) の他にクロウ族 (the Crow) やシャイアン族 (the Cheyenne) やルイス大尉が誤認したグロ・ヴェントレ族 (Gros Ventres) など約10部族が住んでいた。

毛皮の取引を西欧の人々とする内に、先住民に馴染みの無い病原菌が猛威を振るうようになった。適切な治療法も無く、大量死を招き、先住民の文化,社会構造を大きく変える要因になった。1850年代から1870年代にかけて、西欧からの入植者がモンタナに入って来ると,今度は「土地」の「所有権」を巡っての争いが絶えなくなる。

更に,1850年代に最初の牧畜業がジョン・グラント (Johnny Grant) によって営まれるようになると、先住民の衣食住すべてを担っていたバッファロー (Buffalo) が邪魔者扱いされるようになった。モンタナ州にザ・ノーザーン・パスィフィック鉄道 (the Northern Pacific Railroad -NPR-)が到達したのは、西側からで1881年のことだった。

1871〜1873年にかけて、ザ・ノーザーン・パスィフィックのジェイ・クック (Jay Cooke) が土地の調査を進め始めると、スー族の有名なチーフ、スィッティング・ブル (Chief Sitting Bull, the Sioux) が抗議の声を揚げるが、最終的には良く知られる1876年の悲劇の戦い (the Great Sioux War of 1876) に終る事になる。

鉄道開通後、駅周辺に山と積まれたバッファローの撃ち殺された姿が写された写真を見たことのある方も多いだろうと思う。先住民の生活の糧も自由に動く権利も無くなってしまった。後には,牧場や麦畑が残った。

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畑の見える道端には,ドッテド・ゲイフェザー (Dotted Gayfeather、学名: (Liatris punctata)

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カンザス・サンフラワー (Kansas Sunflower) 、学名:(Helianthus annuus) と思われる黄色い花が咲いていた。

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