Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
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自分を不運と思うな!  伊集院静 〜「幸せだけの人生などない」 2016.9.1. (週刊現代)
自分を不運と思うな!  伊集院静 〜「幸せだけの人生などない」 2016.9.1. (週刊現代)


自分を不運と思うな!  

「幸せだけの人生などない」

さぁ、これからだぞ

弟を海難事故、前妻を病で失った時、途方に暮れたことがあった。しかし、今、伊集院氏は言う。「幸せだけの人生などない」。あなたの周りの誰もが辛い時間と遭遇している。それでも、懸命に生きている。


■ 願いは届かなかった

子どもを亡くした親、若くして連れ合いを失った夫や妻。そういう近しい人との別離に直面した人が遭遇する哀しみというのは、周りの人間の想像をはるかに超えている場合がほとんどです。

残された者は、その死を信じたくない、受け入れたくない。それが当たり前の感情です。

多少気持ちが落ち着いてからも「なんであの子だけが」「なぜあの人が」と考えるのは仕方がないことでしょう。

しかし、その思いにいつまでもとらわれ過ぎていると、いつしか「あの子は不運だった」「あの人を亡くした私も不運だわ」という考えに至ってしまいます。

こうなると、心配する周りの人がどれだけ助けの言葉を差し伸べても、「いいの、私は不運だから……」とどんどん哀しみの淵にはまり込んでしまう。まるで出口のない袋小路に迷い込んだようになるのです。




は、そういう思いにとらわれている人が世の中には多いのです。特に東日本大震災熊本の震災で、突然近しい人を奪われた人の中に、そう考えてしまっている人が多い。そして何より、かつての私自身がそうでした。

伊集院氏自身、大学生の時に、弟を海難事故で亡くしている。弟はまだ17歳、高校2年生だった。そして、35歳の時には、当時の妻・夏目雅子さんを白血病で失っている。

伊集院氏は「大人の流儀」シリーズの第6弾『不運と思うな。』の中で、二人の死についてこう書いている。

〈死の数年は、弟、妻を不運と思っていた。今は違う。天命とたやすくは言わぬが、短い一生にも四季はあったと信じているし、笑ったり、喜んでいた表情けを思い出す。敢えてそうして来た。それが二人の生への尊厳だと思うからだ〉

弟を亡くしたのは大学2年の時です。探検家を目指していた彼は、台風が近づく海にボートで漕ぎ出して遭難しました。10日後に遺体が見つかるまで、「生きて帰ってきてくれ。弟の命が助かるのなら、俺の体の半分くらいは天にくれてやってもいい」と願ったのですが、ついには叶いませんでした。

前妻は、27歳の若さでこの世を去りました。医師から「明日死んでもおかしくない」と言われ、209日間の入院でしたが、その間、私は仕事を休み、妻の傍らに寄り添いました。

アメリカで先端治療を受ければもしかしたら、と言ってくれる人もいましたが、当時の私にそんな大金は用意できない。

最後のアタックがはじまる前夜、銀座通りでワインを買ったんです。まだワインを飲む人が少なかった時代ですが、パリで二人で飲んだんです。いいものを飲ませてやりたかったのですが仕事も休んでいましたし、もう手持ちの金もありませんでした。中位のワインを買ってタクシーで帰る時、金がないというのは情けないもんだと初めて思いましたね。

弟の捜索中、そして、妻の病室に詰めているときにも生還を願いはしましたが、願いはやはり届かなかった。

私は、特に妻の死に直面した時、激しく動揺しました。

それからの一年は飲むだけ飲んで、博打を打つだけ打った。「なんだ、博打ってつまらないものだな」とは思わなかったけど、それで喪失感を埋められるわけじゃなかった。


■ あれから30年が過ぎて

弟、前妻以外にも多くの友を半生の中で亡くし、年齢の割にはそれが多過ぎて、私のほうに問題があるのではないかと考えたこともあります。


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