Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
堀井 憲一郎:戦後日本を覆いつくした無意識の「言論統制」〜語られずに消えた記憶 2017.1.15.(現代ビジネス)
堀井 憲一郎:戦後日本を覆いつくした無意識の「言論統制」〜語られずに消えた記憶 2017.1.15.(現代ビジネス)


戦前と戦後の「断絶」を考える

無意識「言論統制」

朝日新聞の縮刷版をずんずんめくってクリスマス日本人のふしぎな関係を追いかけているホリイ博士は、敗戦後15年分を調査し終えたとき、大きなギモンにとらわれた。もしかして、戦後の日本人にはポッカリとした記憶の欠落があるのではないか?

連載第1回はこちら>>

みんなの記憶がすべて飛んだのか

戦後の狂乱クリスマスに関して、ふしぎなことが二つある。

ひとつは戦前とのつながりについて。もうひとつは、常に批判されつづけてることについて。

16世紀から、ずっとクリスマス記載を見続けてる私にとっては、「1928年から1936年までのクリスマスの大騒動」「1948年から1957年までの狂乱クリスマスはどう見てもつながっている。中断期間はわずか12年しかない。そのうち9年は交戦中である。

クリスマスは、戦争中は自粛していたが、戦争が終わったので、またその続きを始めた、というふうにしか見えない。

実際にそうだろう。どちらもメインはジャズとダンスである。歓楽エリアで大騒ぎをしている。のちの1980年代のクリスマスや、ずっと前の1900年代とはちがう。1930年代と1950年代は同じである。あきらかにつながっている。



でも、どこにもそんな言説がない。もののみごとに、ひとっつもないのである。

1950年代になって識者が眉を顰めるような騒ぎになっていくとき、「戦後になってずいぶんクリスマスが盛んになった」とか「ここのところすっかりクリスマスが定着した」とか、そういう言葉から語られ始めている。

それは大正年間から昭和初めに語られていたのと同じ文脈である。クリスマスは、いつだって「つい最近、流行しだした」のである。近年になって定着した、ともう50年にわたり言い続けられている。

それだけクリスマスに関心を持たないものなのか、と驚いてしまう。

戦後に書かれたものを見るかぎりは、大騒ぎするようになったのは大東亜戦争敗戦後からである、とみな考えているようである。「昭和初年(昭和3年から11年)にお馴染みだったあの〝クリスマスの大騒ぎ〟が、またぶり返してきた」とは誰も言わない。

みんなの記憶がすべて飛んだのか、昭和初年に騒いだ人たちは戦争で全員死んだのか、それともおれが調べた新聞記事がうそだったのか、一瞬、奇妙な感覚にとらわれてしまう。


自分はまちがってないとするなら(そうおもわないと書き進められない)、つまり1928年から1936年にも顰蹙を買うようなクリスマスの大騒ぎが東京で繰り広げられていたのが事実だとすると、奇妙なのは私ではなく戦後の日本人、ということになる。

「彼ら」はなぜ語らなかったか


記事の続きは、上の タイトルから元記事へ>>


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