Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
避難区域の病院に残った「たった一人の常勤医」高野英男氏をご存じか 2017.1.27.(週間現代)
避難区域の病院に残った「たった一人の常勤医」高野英男氏をご存じか 2017.1.27.(週間現代)


フクシマで死んだある老医師の人生

高野英男氏・81歳。
原発事故後の広野町に残り、たった一人で患者を診続けた。


▪️「皆は逃げなさい」

福島県浜通りの中部に位置する広野町。人口約5000人の小さな町だ。海岸沿いに延びる国道6号線の近くの高台に高野病院はある。

福島第一原発から南に22km。高野病院は、原発のある双葉郡内で唯一、入院できる病院として東日本大震災後も地元の医療を担ってきた。

その高野病院を「たった一人の常勤医」として支えていた高野英男院長(81歳)が、昨年12月30日、火災により死去。大黒柱を失った高野病院は現在、存続の危機に立たされている。

3・11の原発事故後、広野町放射能汚染の危険性があるため、全町民に避難指示が出され「緊急時避難準備」区域に指定。町民はもちろん高野病院のスタッフらも次々と避難していった。

だが入院患者の移送は簡単ではなかった。当時、高野病院には、70代~100歳の寝たきりの患者が37人いた。いずれも容体は重く、ヘタに動かせば命の危険性もある。

「患者を置いて逃げるわけにはいかない」高野院長はそう言って留まることを決断。

高野院長の娘で、病院の理事長を務める高野己保氏が当時を振り返る。




「院長が『私が残るから皆は逃げなさい』と言うんです。そしたらある看護師が怒りだしてね。『院長一人残していけるわけないでしょう。点滴やオムツ交換はどうするんですか』と言って、何人かのスタッフが一緒に残ってくれました」

だが、震災によりライフラインは遮断され、電気もガスも水もない。当然、医療物資も食料も手に入らず、入院患者に出す食事もままならない状況だった。

「通信手段がほぼ途絶え、患者さんのご家族に連絡がつかなくなったのは誤算でした。そんな状況の中で、避難させる患者さん、病院に残す患者さんを院長の判断で決めていきました。私は事務方として、これは後々トラブルになるかもしれないなと思っていました。

ところが患者さんの家族からは『院長先生がそう判断してくださったのだから、間違いなかったのでしょう』と感謝の言葉しかなかった。院長がこの地で長年築いてきた住民との関係性を改めて感じましたね」(己保氏)


その一方で、警察からは「なぜ避難しないんだ」と詰められたこともあったという。

その時の心境を己保氏はこう語る。

「本来、災害のような非常時は、患者さんやお年寄りの方から助けられるべきなのですが、原子力災害においては、それが全く逆でした。本当の弱者は切り捨てられるのだと感じましたね」

こうして半ば行政に見捨てられながらも、地域医療の灯を消してなるものか」と、高野院長は震災後も一人で必死に踏ん張ってきた。

現在、高野病院には102人の入院患者がいる。高齢にもかかわらず、365日24時間、昼夜を問わず、患者のために尽くす高野院長の姿は、まさに「超人」だったという。

「あと10年は頑張る」――高野院長が亡くなったのは、そう言っていた矢先の出来事だった。


記事の続きは、上の タイトルから元記事へ>>


スポンサーサイト

テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://yokoblueplanet.blog112.fc2.com/tb.php/15176-4e3716eb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック