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堀 有伸: 原発事故から6年、都合の悪いことを黙殺し続ける私たちの「病理」〜 南相馬の精神科医が目にしたもの 2017.2.23.(現代ビジネス)
原発事故から6年、都合の悪いことを黙殺し続ける私たちの「病理」〜 南相馬の精神科医が目にしたもの 2017.2.23.(現代ビジネス)


原発事故から6年、都合の悪いことを

黙殺し続ける私たちの「病理」

▪️ある老医師の「戦死

2016年12月30日、福島県広野町にある高野病院高野英男院長が火事で亡くなるという痛ましい事件が起きた。享年81。高野病院は2011年に事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所から22kmの地点にある。

震災後は、病院にただ一人残った常勤医師として休むことなく診療に当たった。元来は精神科医であったため、震災前には一般的な救急患者の受診を受け入れてはいなかった。

しかし、周囲の病院が軒並み休業したため、高野病院が福島県双葉郡において診療を行う唯一の病院となってしまい、震災後には救急車で搬送される患者の受け入れも行うようになった。年間の当直回数が100回を超えたこともあったという。

生前の高野医師の姿はテレビでも放映され、その過酷な勤務内容と、次第に足腰が弱りテレビの前で転倒してしまうような姿も、全国で知られるところとなった。

しかしながら、その負担が大きく軽減されることはなく12月の事件につながった。私の脳裏に浮かんだのは、すさまじい戦闘を繰り広げている最中での「戦死」という言葉であった。

高野医師のことはその死後にもくり返し報道され、数多くの人がその姿に感動し、従六位に叙勲されることにもなった。

しかし私は複雑な気分である。もちろん、高野医師が讃えられることに何の異存もない。




そうではあるが、やはり、なぜ生前に高野病院が存在する福島県双葉郡(ここに福島第一原発が立地している)の医療体制が整えられ、高野医師の負担が軽減し、穏やかな余生を過ごすような環境を創ることができなかったのか、そこを問いたいと思う。

高野病院がある広野町よりも原発に近い楢葉町の避難指示は、2015年の9月に解除されている。そしてそれよりもさらに原発に近い富岡町の避難指示も、今春に解除される予定である。

それなのに、そこでただ一軒だけ診療を継続してきた病院が、このような状況で放置されてきたのは、私たちの精神性に根強く残っている戦略性の欠如を示しているのではないだろうか。

お国のために戦って死んで英霊となった高野医師の名誉は大々的に顕彰されている。しかし、高野医師には震災後の人口減少が起きたために経営が苦しくなった民間病院の経営者という顔もあった。

そして、その高野病院の民間の事業者としての側面に対しては、行政からの介入は乏しく、その態度は冷淡なままである。兵站についての関心が乏しかった、昔の大日本帝国の軍部のように――。

高野病院以外にも、原発事故によって避難指示が出た地域の復興のために、人口が激減した不利な状況でも何とかしようとしている多くの事業主たちがいる。

しかし、その人々も現状では多くのサポートをえているとは言えない。4兆円の費用を投じて行われている除染とは、対照的だ。


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