Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
木村草太:これは何かの冗談ですか? 小学校「道徳教育」の驚きの実態 2016.1.26. & 2)辻田 真佐憲:▪️「パン屋背徳事件」を永遠に記憶せよ〜政治と道徳の笑えない関係 2017.3.30.(現代ビジネス)
1)木村草太(首都大学東京法学系教授):これは何かの冗談ですか? 小学校「道徳教育」の驚きの実態 2016.1.26.(現代ビジネス)


よりも道徳が大事なの!?

文/木村草太(憲学者)

今日も大学の学部では、民や会社法、労働法に刑法が講じられている。

そこでは、「法とは何か?」、「法の支配は実現できるか?」などと考える必要はない。国会が制定したルールが法だと誰もが思っているし、裁判官や警察官は粛々と法を実現している。「なぜこれが法なのか」などと悩む学生は、よほどの変わり者だろう。

法学部法律学科の講義では、法の定義も、法の支配も自明なのだ。

ところが、学校に関わる法律問題を考えていると、「法とは何か?」、「本当に法の支配はあるのか?」という問題が深刻さを帯びる。


▪️骨折という事故はスルー?

一例として、少し前からインターネット上で話題になっている道徳教材について検討してみよう。

広島県教育委員会は、「『児童生徒の心に響く教材の活用・開発』研究報告集」として、「心の元気」という教材を作っている*1。その中に、「組体操 学校行事と関連付けた取組み」という教材がある*2。小学校5・6年生用の教材で、運動会の組体操での練習のストーリーが題材になっている。




*1 http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/12doutoku/12doutoku-elementary-index.html
*2 http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/31631.pdf

その主人公、つよし君は、組体操に熱心に取り組み小学校6年生だった。そんな彼が、人間ピラミッドの練習中に事故にあう。

今日は運動会の前日。最後の練習だ。笛の合図でだんだんとピラミッドができあがっていく。二段目、三段目。とうとうぼくの番だ。手と足をいつもの場所に置き(さあ決めてやる)と思ったしゅん間、ぼくの体は安定を失い、床に転げ落ちていた。かたに痛みが走る。

ぼくはそのまま病院に運ばれた。骨折だった。
ぼくは、目の前がまっ暗になったようで何も考えられなかった。


事故の原因は、わたる君がバランスを崩したことだった。わたる君はごめんと謝るが、つよし君は許すことが出来ない。そんなつよし君に、お母さんが次のように語る。

「一番つらい思いをしているのは、つよしじゃなくてわたるくんだと思うよ。母さんだって、つよしがあんなにはりきっていたのを知っているから、運動会に出られないのはくやしいし、残念でたまらない。でも、つよしが他の人にけがさせていた方だったらもっとつらい。つよしがわたるくんを許せるのなら、体育祭に出るよりも、もっといい勉強をしたと思うよ」

つよし君の心に、「今一番つらいのはわたるくん」という言葉が強く残る。そして、「その夜、ぼくは、わたる君に電話しようと受話器をとった」という一文でこの教材は終わる。


記事の続きは、上の タイトルから元記事へ>>




2)辻田 真佐憲〜正気ですか?「パン屋は愛国心が足りない」という道徳教育の愚 2017.3.30.(現代ビジネス)


正気ですか?

「パン屋は愛国心が足りない」?

政治と道徳の笑えない関係

▪️「パン屋背徳事件」を永遠に記憶せよ

日本の道徳教育の歴史に、新たなる1ページが付け加えられた。

学校道徳の教科書検定で、文部科学省が「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」(「学習指導要領」)との点が足りないと指摘し、ある教科書会社が「パン屋」を「お菓子屋」に書き換えたというのである(3月24、25日付新聞各紙報道)。

このシンボリックな一件は、「パン屋背徳事件」とでも名づけて、永遠に記憶されるべきだ。

由来、道徳教育はつねに政治に翻弄され、ときにでたらめな議論や記述が横行してきた。今回の事件もさほど驚くべきことではない。おそらく今後も似たようなできごとが繰り返されるだろう。

それをできるかぎり防ぐためには、われわれが道徳教育に関心を持ち、これを継続して批判・検証していくほかない。そこで、今回の「パン屋背徳事件」を奇貨として、道徳教育の歴史を振り返り、今後の展望を考えてみたい。


▪️戦前の修身は激しく移り変わった

そもそも道徳は、明治時代から政治に翻弄されつづけた教科である。

当時、道徳は修身と呼ばれた。修身は、明治維新当初かならずしも重視されていなかったが、啓蒙主義や自由民権運動を抑える狙いなどから徐々に重視され、「改正教育令」(1880年)で諸学科の筆頭におかれた。

教科書も、当初こそ民間の書物が自由に使われていたものの、やはりこれでは啓蒙主義や自由民権運動を学校に持ち込まれてしまうとして、段々と規制が強化され、1904年ついに国定制(小学校のみ)に移行した。

つまり、文部省が教科書を直に編纂・刊行するかたちとなったのである。


記事の続きは、上の タイトルから元記事へ>>


スポンサーサイト

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://yokoblueplanet.blog112.fc2.com/tb.php/15458-b6d65632
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック