Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
伊勢崎賢治:安倍「加憲」で全世界が知ることとなる日本の「身勝手な論理」 英訳したらバレてしまう… 安倍加憲は、改悪なんて「まとも」なものではなく...
1)Kenji Isezaki: "Revising Article 9 Will Not Protect Japan." 2017.6.21. (FCCJ)


伊勢崎賢治教授:
憲法9条「加憲」では、日本を守れない。

(1:10:35)


Published on Jun 21, 2017 by FCCJ Channel:

Kenji Isezaki: Professor, Director of Peace and Conflict Studies (PCS), Graduate School of Global Studies, Tokyo University of Foreign Studies (TUFS)






2)弁護士深草徹の徒然日記:憲法改正の立憲主義的規制 2017.7.1.


 さて憲法は国の最高法規ですから、これを改正することは、法的には最高度の国家権力の行使です。この法的には最高度の国家権力を憲法制定権力といいます。国民主権の日本国憲法では、それは、国民に帰属します。

 立憲主義の下では、国民自ら行使すべき憲法制定権力こそ、最も厳しく縛られなければならないというパラドキシカルな規制の下におかれます。





 戦後、わが国は、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義、三権分立を定める日本国憲法によって、立憲主義を闡明しました。

 国家権力を縛るのが立憲主義とだということは、かなりポピュラーになりましたね。

 さて憲法は国の最高法規ですから、これを改正することは、法的には最高度の国家権力の行使です。この法的には最高度の国家権力を憲法制定権力といいます。国民主権の日本国憲法では、それは、国民に帰属します。

 立憲主義の下では、国民自ら行使すべき憲法制定権力こそ、最も厳しく縛られなければならないというパラドキシカルな規制の下におかれます。

 日本国憲法では、その縛りは、面手続きと実体面の両面からかけられています。


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3)弁護士深草徹の徒然日記:山が動いた―9条改憲阻止への道筋 2017.7.3.


山が動いた。

9条改憲阻止への道筋

 こと9条改憲問題に関して言えば、一昨日、私は、「ある政治家、ある特定政治集団の憲法9条を変えたいとの信条や情念などは、悪しきポピュリズムとはなり得ても、憲法改正の立法事実とはおよそ無縁であることは明らかです。そのような政治家や特定政治集団は、非立憲であり、やがて歴史のくずかごに投げ捨てられるでしょう。」と書いたが、この新たに出現した政治状況は、そのことを如実に示していると言ってよい。

 山が動いた。9条改憲阻止への道筋が見えてきた。


記事全文は、上の タイトルから深草先生のブログへ>>




4)弁護士深草徹の徒然日記: イタリア憲法改正の挫折―何が問題だったのか 2017.7.4.


イタリア憲法改正の挫折

―何が問題だったのか

 戦後イタリア政治の歴史をひもとくと、政党間の対立、上院と下院の対立によってしばしば長期にわたって政治空白がもたらされていることがわかる。このような政治空白はいわばイタリア政治の宿痾であったと言っていいだろう。

 この度の憲法改正の企図は、この宿痾の原因の一つに対する外科治療を施すことにあった。しかし、治療自体にはそれなりに合理性、必要性は認められるものであったとしても、外科治療が適応であったのか、外科治療の手技、病巣摘除の範囲が適切であったのか、インフォームド・コンセントが十分に確保されていたのか、それらはまた別問題である。

 レンツィは、議会ではこれらの論議を尽くさせ、よりよい改正案を模索しなければならなかった。 


記事全文は、上の タイトルから深草先生のブログへ>>




**一ヶ月前にアップした記事ですが、重要ですので、再掲します。日本を「敵国」に仕立て上げかねない危険な阿部加憲の身勝手論理、ぜひお読みになってください。**

5)伊勢崎賢治:安倍「加憲」で全世界が知ることとなる日本の「身勝手な論理」 英訳したらバレてしまう… 2017.5.30. (現代ビジネス)


安倍加憲:安倍政権の

「9条をそのままに自衛隊を明記」?!

日本国内でしか通用しない解釈

 「戦力」(=国連憲章でself-defense のためだけしか存在を許されていない)の forces と、自衛隊の self-defense forces は、見た目はおろか、国際法の世界では全く同じものなのです。
 ですから、安倍加憲は、改悪なんて「まとも」なものではなくとうの昔から自衛隊を「戦力」と見なす国際法と、「隊」に言い換えそうじゃないモンと自分だけに言いきかせてきた"軍事大国"日本のジレンマを、そんなことに注意をはらうほどヒマじゃない国際社会に、日本自身が大々的に宣伝しまくること。ただこれだけ。
 日本語の世界だけで言葉を弄ぶ遊び

では、もう済まなくなります。



▪️もしも「加憲」が実現したら?

安倍加憲

安倍政権の「9条をそのままに自衛隊を明記」は、最終的にその追加の条文がどういうものになるかわかりません。

でも「自衛隊」そのものの単語が条文に現れることになったら、かなり見た目がマズいことになると思います。英訳のお話です。

9条は日本人が思うほどに世界に知られているわけではありません。国家戦略として9条を公報してきたわけではありませんので当たり前といえば当たり前ですが。

しかし、戦後初めて憲法が変わるとなったら、それなりのニュースバリューをもって世界に報道されると思います。日本政府は当然、改正された憲法条文の公式な英訳をつくらなければならなくなるでしょう。

現状の9条2項で保持を禁ずる「戦力」の日本政府の公式英訳は、GHQ以来ずっとforces です。そして、自衛隊の"隊"も forces です。現在の9条をそのまま残すとしたら、2項で陸、海、空の forces を持たないと言っているのに、追加項で自衛隊 self-defense forces を持つと言うことになります。

現在、国連憲章では、PKOのような国連安保理が承認する集団安全保障は例外として、2つの自衛権 self-defense(個別的自衛権 individual self-defense と集団的自衛権 collective self-defense)以外の名目の武力行使は厳しく違法化されていますから、自衛 self-defense 以外の「戦力」forcesの行使は許されません。

よって、「戦力」(=国連憲章でself-defense のためだけしか存在を許されていない)の forces と、自衛隊の self-defense forces は、見た目はおろか、国際法の世界では全く同じものなのです。

ですから、安倍加憲は、改悪なんて「まとも」なものではなく、とうの昔から自衛隊を「戦力」と見なす国際法と、「隊」に言い換えそうじゃないモンと自分だけに言いきかせてきた"軍事大国"日本のジレンマを、そんなことに注意をはらうほどヒマじゃない国際社会に、日本自身が大々的に宣伝しまくること。ただこれだけ。

日本語の世界だけで言葉を弄ぶ遊び

では、もう済まなくなります。



▪️日本国内でしか通用しない解釈

「自衛隊は『戦力』未満、個別的自衛権に基づく武力行使は『交戦権』未満」と解釈し憲法9条を維持してきた日本。

ちなみに、「戦力」の行使から非人道性を排除するために人類が歴史的に積み上げてきたWar(戦争)の慣習法、つまり「戦闘」で「やっちゃいけないこと(多数の民間人を殺傷したり、捕虜を虐待したり、病院や原発を攻撃したり)」や「使っちゃいけない武器(現在でも対人地雷やクラスター爆弾の禁止などたゆまない努力が続いています)」をルールとして交戦資格者に課す戦時国際法、別名国際人道法は、自衛隊を交戦資格のある「戦力」として見なします。

同時に、自衛隊はこれまでずっと同法の交戦資格のある「戦力」としての識別義務(敵からそう分かるように)を忠実に履行してきました(PKOの自衛隊を見てください。作業着で赴いていません)

PKOでも、そしてイラク、サマワへの陸自派遣のような非PKOでも、日米地位協定の米軍が公務上の過失に関して日本の司法から訴追免除されるように、「戦力」を行使する駐留"軍"と「一体化」して、現地政府との兵力地位協定により、同様の裁判権上の特権を享受してきました。

さらに、日本人が合憲と考える個別的自衛権は、上記のように、それと集団的自衛権、集団安全保障の3つの言い訳しか許さない国連憲章、つまり現代の「開戦法規」が国家に武力の行使(use of forces)を許す言い訳の1つであり、それが一旦行使されれば自動的に「交戦」、つまり上記の国際人道法、別の言い方をすると「交戦法規」のルールで統制される「戦力」の行使になります。

個別的自衛権は、一旦行使されれば、たとえそれが最初の「ジャブ」であっても、「戦力」の行使として「交戦法規」つまり戦時国際法/国際人道法によって統制されます。

武力の行使の言い訳を統制する「開戦法規」から、武力の行使の開始後の戦闘の流儀を統制する「交戦法規」へ移る際の、その間隙にグレーエリアはありません。

それが、必要最小限で警察比例原則に則った反撃だと言い張っても、です。

つまり、上記の「未満」は、国際法の世界ではありえない空間なのですが、日本は勝手にそれがあると、国際社会の注意を引くこともなく、「『交戦』でない『個別的自衛権』の行使」を発明し、「戦力」でない自衛隊を通常戦力で世界第4位の「戦力」にしたのです。


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テーマ:軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル:政治・経済

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