Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
田中正造「亡國に至るを知らざれば之れ即ち亡國の儀に付質問」
**小出先生の最新アップ記事勇太マンとのインタビューで尊敬する人物として唯一名前を挙げていた代議士、田中正造の1900年(明治33年)2月の国会での演説です。必読です。

田中正造 (Wikipedia)

以下はインターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でボランティアの皆さんによって作製されたファイルです。感謝。**
______________________

亡國に至るを知らざれば之れ即ち亡國の儀に付質問

田中正造

        亡國に至るを知らざれば之れ即ち亡國の儀に付質問

(明治三十三年二月十七日、衆議院提出)
民を殺すは國家を殺すなり。
法を蔑にするは國家を蔑にするなり。
皆自ら國を毀つなり。
財用を濫り民を殺し法を亂して而して亡びざる國なし。之を奈何。
右質問に及候也。


          演説

(明治三十三年二月十七日、衆議院に於て)
 今日の質問は、亡國に至つて居る、我日本が亡國に至つて居る、政府があると思ふと違ふのである、國があると思ふと違ふのである、國家があると思ふと違ふのである、是が政府にわからなければ則ち亡國に至つた。之を知らずに居る人、己の愚を知れば則ち愚にあらず、己の愚なることを知らなければ是が眞の愚である。民を殺すは國家を殺すなり、法を蔑にするは國家を蔑にするなり、人が自ら國を殺すのである。財用を紊つて、民を殺して、法を亂して亡びないと云ふものは、私未だ曾て聞かないのでございます。
 自分で知つて居つて爲されるのでは無かろうと思ふ。知つて居つてすれば、是は惡人と云ふ暴虐無道である。其本人其の人間が暴虐無道である。政府と云ふものは集まつた集合體の上で知らず/\惡るい事に陷つて行く。是は政府が惡るい。此政府と云ふ集合體の上で惡るいのである乎。之を知つて居るのである乎。本人が承知して居るのである乎。承知して居て直ほすことが出來ないのである乎。是が質問の要點であります。國家が亂るからと申して、俄に亂るものでは無い、段々歴史のあるものである。
 
精が盡きて御話の出來ない時に惡るうございますから、一つ簡單に、當局大臣に忘れないやうに話して置きたい事がございます。大臣は那須郡の原を開墾することを知つて居る。此の地面の惡るいのを開墾することを知つて居るならば、今ま[#「今ま」はママ]此の鑛毒地の渡良瀬川、關東一の地面の良いのが惡るくなる――此の關東一の地面を開墾すると云ふことはドンなものであつたか、頭に浮かばなければならぬと云ふことを此間話しましたが、今日は尚ほ一歩進んで御話しなければならぬ。
 己の持つて居る公園とか別莊とか持地とか云ふものは、どんな惡るい地面でも、是は大切にすることを知つて居る。大切にすることを知つて居れば、則ち慾が無いと云ふ譯では無い。國家を粗末にすると云ふ頭で無いものは、大切にすると云ふ頭を持つて居るものである。馬鹿ぢやない。其頭を持つて居りながら、那須郡と云へば則ち栃木縣の中である、其から僅か數里隔つたる所の、而かも所有者のある所の田畑が、肥沃な天産に富んで居る熟田が、數年の間に惡るくなつて行く※[#「こと」の合字、249-8]が、目に入らぬと云ふはどうしたのである。甚しきは其の被害地を歩くのである。被害地を見ないのでは無い、其の被害地の上を通行するのである。那須へは栃木茨城埼玉地方を廻つて行くのである。自分の持物は那須野ヶ原のやうな、黒土の僅か一寸位しか地層のない所も開墾して、丹青を加へて拓くと云ふことを知つて居るではないか。其れだけに善い、其れだけに力を用ゆる頭を、國家の爲に何故公けに用ひない。――他人のだから――他人の災難と云へばドウなつても構はぬと云ふ頭が、國務大臣と云ふ者にあつて堪まるもので無いのである。他の者でも然う云ふ頭はいけない、特に國務大臣にソンなことがあつて堪まるものじや無い。彼の那須野の地面と云ふものは、大抵國務大臣が持つて居る。内務大臣の西郷君を始として、政府に在る所の者、元の大臣で持たない者と云へば伊藤侯と大隈伯、其他は大抵持たない者は無い、皆な持つて居るではないか。然うすれば覺えて居りさうなものだ。自分の子供を持つて見れば、人の子の可愛いと云ふことが判らなければならぬ。六ヶしい話でも何でも無い。
 又た簡單に歴史を申上げますると、此の鑛毒の流れ始まつたのは明治十二年からです。足尾銅山に製銅の機械を据えつけたのが十二年。十三年から毒が流れたのを栃木縣知事が見付けて、十三年十四年十五年と此の鑛毒の事を八釜しく言ふと、此の藤川爲親と云ふ知事が忽ち島根縣へ放逐されたのが、政府が鑛毒に干渉した手始である、古い事でございます。此の藤川爲親と云ふ者が放り出されると、其後の知事は、最早鑛毒と云ふことは願書に書いてはならない、官吏は口に言つてはならない、鑛毒と云ふ事は言つてはならないと云ふことにしてしまつた。其れが爲に無心な人民は十年鑛毒を知らずに居たが、二十三年に至て不毛の地が出來たについて、非常に驚ひて始めて騷ぎ出した。其は明治二十三年からでございます。是から先は段々諸君の御承知の通でございますから、敢て申上ぐる必要は無い。斯樣な歴史になつて居るので、各所の鑛毒の關係及び追々惡くなつた所を一と通御話申さぬと、唯だ苦情を申すやうに御聞取になると惡るうございます。
         ×   ×   ×   ×   ×
 關東の中央に於て能登國の二倍程の鑛毒地――此點に就て諸君に關東の事情を御訴へ申す悲しひ事がある。此の關八州は人間が卑屈でございまする。今日は誠に殘念だが據ない。何故ならば、徳川の三百年穩和なる所の膝下で育ちましたので、家庭教育と云ふものが極く惡るくなつて居りまする爲に斯樣な次第である。
 鑛毒事件で關東の眞中へ大きな沙漠地を拵へるのは誰である。是は即ち京都で生れた上方の人である、古河市兵衞である。此の仕事を大きくさせたのは誰である。即ち薩長土肥である。又た今日、此の鑛毒地を可哀さうだと言ふて、來て見て呉れる人も矢張上方の人で、關東の人間は、自分の膝下をやられるのを平氣の平左衞門で居る、殆ど無能力――腦味噌が無い。
 關東の眞中へ一大沙漠地を造られて平氣で居る病氣の人間が、殺されないやうにして呉れいと言ふ請願人を、政府が打ち殺すと云ふ擧動に出でたる以上は、最早自ら守るの外は無い。一本の兵器も持つて居ない人民に、サーベルを持つて切つて掛り、逃げる者を追ふと云ふに至つては如何である。是を亡國で無い、日本は天下泰平だと思つて居るのであるか。
 古い頭は是はもういけない。古い頭はいけない、去りながら今日の若い方の側に、未だ取つて代つて國を背負つて立つ所の元氣の人も現はれて來ず、若い方も年寄もどつちも役に立たぬから、恰も二つの國が寄合つたやうなものである、日本人として互に通辯が無ければ判らぬと云ふ位不便である。年寄は譯がわからぬ。若い方は腰拔だ。其でも、腰拔でも譯がわからぬでも、日本が御互に眞面目であると言ふならば、眞面目であると云ふならば、ひよつとしたならば此國を持ち堪へることが出來るかも知れぬが、馬鹿なくせに生意氣で、惡るい方へばかり上手になつたと云ふに至りましては、何處までも見所は無くなつたのである。
 政府ばかりを言ふわけにはいかぬ。吾々は固より教育は惡るし、年は取る。惡るい教育でも、あれば宜しいが、其れも無し。固より國家を背負つて立つ器量は無い。幸に若い諸君は學問を有つて居るからして、若い諸君が御眞面目におやりになりますならば、ひよツとしたらば、萬が一に僥倖したらば、此國を亡ぼさずして濟むが――今日の有樣でございますれば、亡ぼすじやない、亡びた、亡びてしまつたんである。此の通りにいけば、國が亡びると言ふじやない、亡びた。亡びても未だ亡びないやうに思つて居るのは、是はどうしたのであるか。
 今日の質問は、左樣な國情中の一つである所の鑛毒事件である。如何せん、此問題が諸君の御聽に達することを得ない、世の中に訴へても感じないと云ふのは、一つは此問題が無經驗問題であり又た目に見えないからと云ふ不幸もございませうが、一つは世の中全體が段々鑛毒類似の有樣になつて來た爲に、鑛毒問題に驚かない。――三百人の警察官がサーベル[#「サーベル」は底本では「サーペル」]を揃へて、鐺を以て鎗の如くにして吶喊した。又た撲ぐる時には聲を掛けた、土百姓土百姓と各々口を揃へて言ふたのである。巡査が人民を捕まへて「土百姓」と云ふ掛聲で撲つた。此の「土百姓」と云ふ掛聲は何處から出るのであるか。是れ即ち古河市兵衞に頼まれて居るからして、鑛業主にあらざれば人間にあらず、土百姓は人間に非ざる樣に常に聞ひて居るからして、ツイ其れが出る。三百人の巡査が悉く土百姓と云ふ掛聲を以て酷どい目に逢はせた、鬨の聲を揚げた、大勝利を揚げた、大勝利萬歳の勝鬨を揚げたのでございます。何たる事である。被害民の方は、是までも棒もステツキも持つて居なかつた。特に今度は能く世話人が指揮して、品行を方正にし靜肅を旨とせよと云ふ申渡までした位でございますから、煙管一本持つた者が無い位靜肅である。是に對して何である。勝鬨を揚げるとは何だ。
 今日政府は安閑として、太平樂を唱へて、日本は何時までも太平無事で居るやうな心持をして居る。是が心得が違ふといふのだ。一體如何いふ量見で居るのであるか、是が私の質問の要點でございます。
 大抵な國家が、亡びるまで自分は知らないもの。自分に知れないのは何だと云ふと、右左に付いて君主を補佐する所の人間が、ずツと下まで腐敗して居つて、是が爲に貫徹しなくなるのである。即ち人民を殺す――人民を殺すは己の身體に刄を當てると同じであると云ふことを知らない。自分の大切なる處の人民を、自分の手に掛けて殺すと云ふに至ては最早極度で、是で國が亡びたと言はないで如何するものでございます。陛下の臣民を警察官が殺すと云ふことは、陛下の御身に傷つけ奉る事、且又た己の身體に傷つけるのであると云ふ此道理が、此の大なる天則が分からなくなつて、尚ほ且つ之を蔽ふ爲めに、兇徒嘯集と云ふ名で召捕つて裁判所へ送る。可し。兇徒嘯集と云ふやうなものであれば、私も其中の一人でありますから、此の議場の開會と閉會とに拘らず、何故先きに私を捕まへて行かないのであるか。普通の事件なら別の話、兇徒嘯集と云ふやうな大きな事なれば、議員でも何でも容赦は無い筈だ。私は是まで隨分人民の權利を主張すること衞生に關する事など演説して歩るいた。世の中の馬鹿には教唆のやうに見えるであろうから、引つ張つて行くことがあるなら、此の私を一番に引つ張つて行くが宜い。兇徒嘯集などゝ大層な事を言ふなら、何故田中正造に沙汰をしなかつた。人民を撲ち殺す程の事をするならば、何故田中正造を拘引して調べないか。大ベラ棒と言はうか、大間拔と言はうか、若し此の議會の速記録と云ふものが皇帝陛下の御覽にならないものならば、思ふさまきたない言葉を以て罵倒し、存分ひどい罵りやうもあるのであるが、勘辨に勘辨を加へて置くのである。苟も立憲政體の大臣たるものが、卑劣と云ふ方から見やうが、慾張と云ふ方から見やうが、腰拔と云ふ方から見やうが、何を以て此國を背負つて立てるか。今日國家の運命は、そんな樂々とした氣樂な次第ではございませぬぞ。
 今日の政府――伊藤さんが出ても、大隈さんが出ても、山縣さんが出ても、まア似たり格恰の者と私は思ふ、何となれば、此人々を助ける所の人が、皆な創業の人に非ずして皆な守成の人になつてしまひ、己の財産を拵へやうと云ふ時代になつて來て居りますから、親分の技倆を伸ばすよりは己の財産を伸べやうと云ふ考になつて、親分が年を取れば子分も年を取る、どなたが出てもいかない。此先きどうするかと云へば、私にも分らない。只だ馬鹿でもいゝから眞面目になつてやつたら、此國を保つことが出來るか知らぬが、馬鹿のくせに生意氣をこいて、此國を如何するか。私の質問はこれに止まるのでございます。
 誰の國でもない、兎に角今日の役人となり、今日の國會議員となつた者の責任は重い。既往のことは姑く措いて、是よりは何卒國家の爲に誠實眞面目になつて、此國の倒れることを一日も晩からしめんことを、御願ひ申すのでございます。
 政府におきましては、是れだけ亡びて居るものを、亡びないと思つて居るのであるか。如何にも田中正造の言ふ如く亡びたと思ふて居るのであるか。



底本:「田中正造之生涯」國民圖書
   1928(昭和3)年8月20日発行
※この質問に対して政府は以下のように答えただけであった。「政府の答辯書/(明治三十二年二月廿一日、衆議院提出)/質問の旨趣其要領を得ず、依て答辯せず。/右及答辯候也。/明治三十三年二月廿一日/内閣總理大臣 侯爵 山縣有朋」(底本より引用。「/」は改行箇所を表すために、引用者が付与。)
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※疑問点の確認にあたっては、「田中正造全集 第八巻」岩波書店、1977(昭和52)年9月5日発行を参照しました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2003年5月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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テーマ:原発事故 - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
こんばんは
今日日光に行って来ました。
神橋から日光駅まで車で走りました。
外人さんの姿も見かけましたが、やはり
観光客の姿は少ないですね。

今はわかりませんが、那須地区に越して
来る前、埼玉の小学6年生の国語の教科
者には田中正造が必ず載っていました。

修学旅行が日光、足尾銅山でしたからそ
の関係だと思います。
2011/04/28(木) 22:05:06 | URL | ビリーさん #-[ 編集]
良く覚えてますね!: こんばんは
びりーさん、おはようございます。

> 今日日光に行って来ました。
> 神橋から日光駅まで車で走りました。
> 外人さんの姿も見かけましたが、やはり
> 観光客の姿は少ないですね。

やはり少ないですか。。。しばらくこんな状態が続くでしょうか?
アメリカ南部のカトリナ災害の時も、大分落ち込みました。2009年に一部訪問しましたが、建物も再建された物は少なく、不思議な光景が広がってました。ハリケーンは毎年来るものなので、海辺の住宅は考えものですが。。。先週からアメリカ南東部から中西部の南部は竜巻で大変な被害が出ています。
被害の様子がまるで津波の跡のようです、空気と水の違いだけで。

> 今はわかりませんが、那須地区に越して
> 来る前、埼玉の小学6年生の国語の教科
> 者には田中正造が必ず載っていました。
>
> 修学旅行が日光、足尾銅山でしたからそ
> の関係だと思います。

彼の考え方がきちんと教えられているのは嬉しいですね。
早速あの有名な演説を探しましたよ!
2011/04/29(金) 03:15:29 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
yokoさん ありがとうございます。

今、この国に田中正造ありや・・・・。

2011/04/29(金) 07:37:03 | URL | ひげ #-[ 編集]
期待したい所ですが。。。
ひげさん、こんばんは。

> 今、この国に田中正造ありや・・・・。

ここまで腹をくくって現地を見て国を考えている人物は、残念ながら見当たりませんね。
期待したい所ですが。。。
2011/04/29(金) 13:24:34 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
国会で渡部黄門さんが涙ながらに力説しておりましたが・・・原発の地は、あの方の所有地だと聞いておりますが・・・はてさて・・・。
2011/04/29(金) 15:13:12 | URL | ひげ #-[ 編集]
黄門さまは茨城の人ですよ!!
ひげさん、おばんです。

> 国会で渡部黄門さんが涙ながらに力説しておりましたが・・・原発の地は、あの方の所有地だと聞いておりますが・・・はてさて・・・。

黄門さまは茨城の人です!騙って欲しくない~もちろん、ひげさんはご存知ですが。
で、何て涙ながらに力説してました?!

2-3分前に、ウィリアム王子の結婚の誓いが終了しました。
どちらが現実でどちらが夢か。。。判らなくなりそうです。
2011/04/29(金) 19:24:30 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
菅首相が原発廃止と!
yokoさん こんばんは ☆

今日の予算委員会で菅首相が、国としての原発事故の責任を認め、原発を廃止して風力などの自然エネルギー開発の必要性を公言していました。

原発不必要を確認されてからの、少し頼りない気弱な声に感じましたが、総理の口から出たことは大きく影響するのでは? マスコミが取り上げるでしょうか・・・!??
2011/04/29(金) 23:22:42 | URL | きつつき #bBmFigmc[ 編集]
日本時間午前1時前: 菅首相が原発廃止と!
きつつきさん、おはようございます。
こちら朝の9時前です。

> 今日の予算委員会で菅首相が、国としての原発事故の責任を認め、原発を廃止して風力などの自然エネルギー開発の必要性を公言していました。
>
> 原発不必要を確認されてからの、少し頼りない気弱な声に感じましたが、総理の口から出たことは大きく影響するのでは? マスコミが取り上げるでしょうか・・・!??

ありがとうございました。早速オンラインの新聞などチェックしましたが、まだアップされていませんね。
また後で調べてみます。孫さんが民主党のヒアリングで、復興案を提示してました。動画をアップしておきましたので、後で見て下さい。
2011/04/30(土) 00:58:48 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
田中正造翁のお話は、小学生の頃から図書館で読んで知っていました。教科書では掲載はなかったと思います。高校の学習資料には載っていましたね。

当時の知識人は漢詩も原文で読める(つまり中国語堪能)ほどでしたから、この時代の演説は格調が高くなるのですが、田中翁のそれは、残念ながら「命を賭けて訴える」名演説ではあっても、知識人(山縣を含め)に「無視させることを許さない教養」が不足しています。

嫌らしい話ですが、当時はそういう点を突いて、マスコミが田中翁や被害を受けた住民達を「田舎者扱い」して取り合わなかったのです。

現代は逆です。世界に誇れる仕事をしても、五大国に堂々と渡り合える政治家の功績を無視して、「漢字の間違い」や「カップラーメンの値段」で政治の品位を貶めていく。

なによりも、当時の世界情勢を観れば、日清・日露戦争を控えて大国と渡り合うための富国強兵に務めなければならなかった。
そして辛苦に耐えていたのは日本中の人々であり、それが余計に同情を集められなかった要因でしょう。

田中翁は知識人に有力な味方を作り得なかったことと、陛下に直訴するという事をしてしまったために、余計に有志ある人も助力を申し出にくくしてしまった。

裕福な今の時代から翁を評価するのは心苦しいですが、私に出来るのは足尾鉱毒事件から教訓を学び取り、今の問題に生かすことだと自分に言い聞かせることです。
2011/05/04(水) 22:41:08 | URL | 三碧星 #-[ 編集]
感想ですね。
三碧星さん、おはようございます。

いつの時代でも文字を持ち管理する者と持たないもの構造があります。
これは三碧星さんの感想ですので、私は特に意見はありません。

> 田中正造翁のお話は、小学生の頃から図書館で読んで知っていました。教科書では掲載はなかったと思います。高校の学習資料には載っていましたね。
>
> 当時の知識人は漢詩も原文で読める(つまり中国語堪能)ほどでしたから、この時代の演説は格調が高くなるのですが、田中翁のそれは、残念ながら「命を賭けて訴える」名演説ではあっても、知識人(山縣を含め)に「無視させることを許さない教養」が不足しています。
>
> 嫌らしい話ですが、当時はそういう点を突いて、マスコミが田中翁や被害を受けた住民達を「田舎者扱い」して取り合わなかったのです。
>
> 現代は逆です。世界に誇れる仕事をしても、五大国に堂々と渡り合える政治家の功績を無視して、「漢字の間違い」や「カップラーメンの値段」で政治の品位を貶めていく。
>
> なによりも、当時の世界情勢を観れば、日清・日露戦争を控えて大国と渡り合うための富国強兵に務めなければならなかった。
> そして辛苦に耐えていたのは日本中の人々であり、それが余計に同情を集められなかった要因でしょう。
>
> 田中翁は知識人に有力な味方を作り得なかったことと、陛下に直訴するという事をしてしまったために、余計に有志ある人も助力を申し出にくくしてしまった。
>
> 裕福な今の時代から翁を評価するのは心苦しいですが、私に出来るのは足尾鉱毒事件から教訓を学び取り、今の問題に生かすことだと自分に言い聞かせることです。
2011/05/05(木) 00:38:42 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
>感想ですね。
>三碧星さん、おはようございます。

>いつの時代でも文字を持ち管理する者と持たないもの構造があります。
>これは三碧星さんの感想ですので、私は特に意見はありません。

何を仰ってるのかよく分からなかったんですけど、サブジェクトの「感想ですね。
」にようやく気がつきました。
 感 想 じ ゃ な い で す よ 現実です。

 今目の前で起きていることについて、「可哀想」だとか「気の毒」だとか「怒り」を書き散らしたところで、問題解決にはならないのです。
 過去の田中正造翁の例を持ってどう反省し、現代の問題に生かしていくのか。
 翁の取った道は感情的には理解できるが問題解決には何の助けにもならなかった。それどころか、支援したいと考える人達を阻害する行動まで取った。

 「可哀想」だとか、「危機感を煽る」。それで 満 足 できるなら、被災地の子供や妊婦を一人も救えません。

 私 た ち は、第 二 の 田 中 正 造 に な っ て は い け な い の で す 。 これも感想ですかね? 
 ブログそのものが感想の固まりになってもいけないと思うのですが。

 
2011/05/06(金) 02:44:13 | URL | 三碧星 #-[ 編集]
現実です。
三碧星さん、こんにちは。

「感想ですね」は三碧星さんの書いたものについての言葉で、実際に起こった田中正造の件についてではありません。専門が歴史ですから、その辺りはある程度掌握した立場で出しています。
「感想」と云う言葉に混乱があると思われます。私は感情的に騒ぐのは好みません。

> >感想ですね。
> >三碧星さん、おはようございます。
>
> >いつの時代でも文字を持ち管理する者と持たないもの構造があります。
> >これは三碧星さんの感想ですので、私は特に意見はありません。
>
> 何を仰ってるのかよく分からなかったんですけど、サブジェクトの「感想ですね。
> 」にようやく気がつきました。
>  感 想 じ ゃ な い で す よ 現実です。
>
>  今目の前で起きていることについて、「可哀想」だとか「気の毒」だとか「怒り」を書き散らしたところで、問題解決にはならないのです。
>  過去の田中正造翁の例を持ってどう反省し、現代の問題に生かしていくのか。
>  翁の取った道は感情的には理解できるが問題解決には何の助けにもならなかった。それどころか、支援したいと考える人達を阻害する行動まで取った。
>
>  「可哀想」だとか、「危機感を煽る」。それで 満 足 できるなら、被災地の子供や妊婦を一人も救えません。
>
>  私 た ち は、第 二 の 田 中 正 造 に な っ て は い け な い の で す 。 これも感想ですかね? 
>  ブログそのものが感想の固まりになってもいけないと思うのですが。
>
>  
2011/05/06(金) 03:47:09 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
「感想という言葉に混乱がある」のではなく、yokoさんの言葉の定義と使用方法に誤りがあるので混乱を招いているんです。

 例えば表題の「現実です」には主語が無いでしょ?
 御自分の意思を明確に伝えられない文章は問題解決のヒントを与えてくれないんです。感情的になっていると受け取られる危険性もある。

>これは三碧星さんの感想ですので、私は特に意見はありません。

意見がなければ書き込まないのも一つの方法ですよ。謎かけのような文章、新しい情報・知識がないコメントは無駄ですから。

小出教授は推進派との対話、講演後の質疑にも、論理立てて情報を整理して語っておられるでしょう。それを私たちも学ばなければ。
 教授が一番、泣き喚いて原発関係者を罵りたくてたまらないと思います。そこをぐっとこらえて、収束の方法を模索し続けているのは、そこに被災者が、女子供達がいるからです。私ももっと勉強しなければ。
2011/05/06(金) 10:31:37 | URL | 三碧星 #-[ 編集]
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