Yoko's 人生=旅 on this Blue Planet
高速回転中の青い惑星地球、負けじと走り回る一人の記録。
小出裕章×小林武史 「未来は、私たちの手にかかっている:緊急企画「LOVE CHECK/energy - 今だからこそ、のエネルギーのこと-」」2011.12.23. (エコレゾウェブ)
小出裕章×小林武史 「未来は、私たちの手にかかっている:緊急企画「LOVE CHECK/energy - 今だからこそ、のエネルギーのこと-」」2011.12.23. (エコレゾウェブ)

原子力工学を研究しながらも反原発を唱えてきた小出裕章先生のもとに小林武史が出向いたのは、福島第一原発事故の混乱状態がピークであった4月末のこと。それから今日までふたりは対話を重ね、交流を深めてきた。そして2011年が終わりを告げようとする12月12日、小林は変わらぬ想いを胸に再び京都大学を訪れた。

原発事故によって浮き彫りになった、この国の実態

福島第一原発事故は、日本の悪い体質の象徴


小林 お久しぶりです。小出さんと会うのは、数えて5回目ぐらいなんですよね。確か最初にお会いしたのは、4月末頃でした。

小出 小林さんは震災後、ここに随分早くに来てくれましたね。

小林 今年の締めくくりとして、僕らはエコレゾ ウェブにこの対談をアップさせたいなと思っているんです。

小出 はい。

小林 本当に、すごい年でしたよね。3.11があった2011年というのは。

小出 そうですね。私にとっては自分の人生も含めてひっくり返ってしまったような、大変な年でした。

小林 もしかしたら原子力という問題だけではなく、それまで日本のなかで隠れていたような様々なことが繋がったのではないかと思います。日本が辿ってきた歴史の中には色々な岐路がありましたが、小出さんなどが経験してきた60年代、70年安保から今に至る道を歩んできてしまった問題も、当然ながら福島が抱えている事柄には含まれていると思います。今後、僕らが世界でどのように生きていくのかということにすごく関わっている。「あれは事故だから、ただもっと良くしていけばよい」ということでは決してない、大きな問題だと思うのです。

小出 私のテリトリーは放射能や原子炉だけれど、今回の事故の過程を見ていると、日本という国がどういう国なのか、経済界や経営者が一体どういう人達だったか、ということが歴然と明らかになってきてしまったように思えて。日本の中で生きていれば、誰だってその政治の支配を受けているわけですよね。小林さんみたいな自由人は別かもしれないけれど(笑)、たいていはどこかの企業に雇われて働いている。その経営者達がこんな奴らだったのか、という驚きくらいはせめて伝えたいと思うのですが、国や経済界、マスコミだって事態が収束しているかのような宣伝を流し続けて、殆どの人がもうこれで終わりかけているような気になってしまって。
でも、そうじゃないんです。これまでも「原発の事故なんて絶対に起きない」という偽りの宣伝で騙され続けてきたわけなのに、また騙されそうになっている。そんなのではいけないと思うんだけれど。

小林 既に僕と小出さんのなかでは、来年以降どうやって頑張るのかということは、決意もなにもはっきりと決まっていると思いますけれど。

小出 はい。

小林 改めて現状についてですが、だいぶ脱原発というムードが国民の中に起こってきたにも関わらず、やはり日々の営みの中で泣いたり笑ったりしているうちに、少し風化してしまうことがあるんだなと思って。でも僕は、国民を責められないと思うところもあるんです。だからそういう人に、なんとか伝わるようにしたいと思っているので。ここで一度シビアな話ですが、いわゆるメルトダウン、メルトスルーが起こっていると言われていますけれど、現状福島ではどういうことになっているのかを教えていただきたいです。

小出 はい。福島原発の敷地の中で何が起きているのかに関しては、申し訳ないけれどよく分からないですね。

相手が悪すぎるというか、原子力発電所というのは放射能を抱えているわけで、事故が起きてもどうなっているのか見に行くことができない。それなりに測定器をあちこちに配置してあったわけですが、こんな事故になることはもともと予想もしていないので、数が充分どころか決定的に足りなすぎる。そのうえ、あった測定器すらが、事故の進展のなかで壊れてしまって情報が取れなくなっているわけですから。多分、私だけでなくて東京電力や国も、何がどうなっているのか分からないなかでの格闘が続いている。つい最近になって東京電力は、コンピューターのシミュレーションをしてみたら、メルトダウンした炉心が圧力容器の底を抜けて格納容器に落ちた、と。でも、格納容器の中には厚さ1メートルのコンクリートの内張りがあるので、そのうちの60何センチまでは壊したけれど、まだ30センチほどは余裕があります、ということを言っていたわけですね。それをマスコミがこぞって報道したわけですが、冗談を言わないでくれ、と。そんなものは計算であって、条件を変えたらいくらでも結果は変わってしまうし。事実がどうなっているのか分からないので、前提条件を勝手に与えているわけなんですね。そういうマスコミの在り方、情報の流し方を見て、「この国って何なんだろう」と思ってしまいました。

小林 つい最近、日本がヨルダンや韓国を含む国々と原子力協定を結び、原発を輸出できるということが国会で決まりましたよね。

小出 はい。

小林 政府も、一応脱原発にできるだけ臨もうというようなニュアンスのことをやっておきながら、やはり経済や産業のためには色々と目をつぶりましょう、ということなのかどうなのか。この国は先進国という顔で世界のなかに参加しているのにも関わらず、どういう態度なのかという本心が見えないままで。自分たちの国の問題はあるけれど、他の国はいいということなのか。原子力を減らしましょうという気持ちもあるけれど、いずれ技術的に発展させていかなくちゃいけないと思っているのか。その辺りも国民に問いかけがない。僕からしてみると、今まで経済を中心とした相当の人たちが原子力を推し進めるということに賭けてきたのだと思うんです。

小林 だからしばらくして落ち着くと、やっぱりその辺りが固まってしまって、その塊を腫れ物に触るみたいになっていくというか。今、本当に難しいところに来ていますよね。

小出 そうですよね。原発の敷地外で起きていることは、既にかなり分かってきているわけです。要するに、広大な地域が放射能で汚れてしまっているんですね。例えば、原発の敷地から45キロ離れたところにあるゴルフ場が福島から飛んできた放射能に汚染され、ゴルフ場が東京電力に除染を求めたところ、東京電力が「それは自分たちのものではなくて、無主物だ」と、つまり主人のないものだと言い出したのだそうですね。そんな理屈が、一体どうやって考えれば出てくるのか私には分からない。もともとウランが原子力発電所の炉心にあって、「そんなものは決して外には漏らしません」と言い続けてきた東京電力がウランを燃やして作った猛毒の核分裂生成物をばらまいた。なのに汚染をしてしまったら、自分のものではなくて無主物だ、と(笑)。東京電力と言えば、政治やマスコミ、経済界を牛耳ってやってきた、いわば日本を代表する会社ですよね。それがこんな会社だった、ということが、私は本当に恥ずかしいです。経営者というならば、こんなことがあり得るのだろうか。

だから今、小林さんが輸出のことを言ってくれましたが、ここまで来てなお原発を輸出すると言うんですよね。 国会で原子力協定をきちんと承認して、輸出のための道ならしをする。経営者も政治家も、まともな神経とは私には思えない。

小林 僕もそう思います。でも、これは日本の悪い体質の象徴的な出来事だと思うんです。今、小出さんがおっしゃったような経営者の意志というものではなく、何か間違った大義のようなものができあがったのではないでしょうか。それが多分、原子力の平和利用や、電力の安定供給のためには自由競争を起こさない方がよい、という考え方だと思うんです。それを検証することなく、一度決めてしまった大義にその人たちがただ乗っかって、利権の恩恵に預っているだけ。そういう構造じゃないかと思うんですね。だから、それが古くなったから見直すという、いわゆる浄化作業のようなものが全然働いていなくて。それがこの国の、「和を持って」というところなのではないでしょうか。一度作ってしまうと、みんなそこに寄り添っているだけという。

小出 恐らく今までは、事故がないだろう、あってほしくない、という願望のもとにかろうじてここまで来たんでしょうけれど。 でも、実際に事故が起きてしまって、想像できないような汚染がある。日本では、人々は年間に1ミリシーベルト以上の被ばくをしてはいけないし、させてはいけない、という法律があるし、放射性物質が普通の環境に存在してはいけない、という法律だってあったわけですよね。1平方メートルあたり4万ベクレルを超えるような汚染は放射線の管理区域の外側にあってはいけないという法律だったのに、事故が起きたらそれを国家自身が反故にしてしまって人々を被ばくさせ続ける。そんなことって、私は有り得ないと思う。法治国家だというならば、国家が法律を守るのが最低限の義務なはずなのに。人々の中には子どももいるわけで、今でも子どもたちが汚染地で生活している。そんなことが現実にあるのに、まだ大義が大切なんですかね?

小林 これから被害が拡大する可能性は決してないわけではないんですものね。

小出 もちろん何年かたてば、たくさん被ばくをした子どもたちにガンや白血病が出てくる。それは、可能性ではなくて必ず出るんです。

汚染を食い止めるためにも、一刻も早い防壁作業


小林 「格納容器の底に溜まっている」という、ある数値を入れたひとつの例を発表したという話が、先程小出さんからありましたけれども。一般的には、メルトスルーしていると言われていますよね。小出さんなども鉄やコンクリートで覆って、地下から流れ出ないようにするべきだとおっしゃっていましたけれど、まだそれをやっていないですから。小出さんは地質学者ではないわけですけれど、普通に考えてメルトスルーしているとすると、どういうことが地下の中で起こっていくのか。

小出 私は地質学者ではありませんから正確には分かりませんけれど、でも福島第一原子力発電所は海沿いにあるわけだし、山の方から地下水がずっと流れてくるのだとすれば、多分汚染は海に流れるのだろうと思うんですよね。地下水と接触してしまうと汚染を食い止めることができなくなってしまうので早めに防壁を作らなくてはいけないと、私は5月に言い始めたわけですけれど、すでに半年も放置されたままになっています。大変困難な現場でそういう大工事をやろうとすると、人々がまた被ばくしてしまうので私も気が重いけれど、海に汚染を広げたら取り返しがつかないわけですから。

小林 汚染水が山の方にいくということは有り得ないんですかね?

小出 山の方の地下に流れていくということもあるかもしれない。それならば、まだ環境が汚染されるまでは少しタイムラグがあるかもしれません。でも、山際に井戸などを掘っている人がいれば、そういう人たちが被害にあうでしょうね。

小林 そうですよね。地下を通って新潟の方にいく、という話を誰かがしていたと、たまたま聞いただけなんですけれどね。

小出 そうですか。地下水の流速というのはいわゆる地表の川のように速くないので、もし新潟まで流れていくとすれば、かなりの時間がかかるだろうと思います。セシウムという放射性物質は30年たたないと半減しないけれど、それでも陸の方に向かっていってくれたほうが私はまだいいと思いますね。もし海に向かってしまえば、目の前だからすぐに流れてしまう。

小林 海の場合は、既に流れ出てしまった量が分からないですよね。

空気中ならば、地面に落ちた放射能を測定できるけれど。 その分からない、だらしのない感じが切なくなってしまいます。海に入っていった場合、汚染物質は水に溶けていくものなんですか?

小出 セシウムは水に溶けやすいので、多分溶けたまま太平洋全体に薄く汚染を広げることになるでしょうし、溶けにくい放射性物質は、近海に沈殿するのだと思います。そうすれば、そこに住んでいる貝やヒラメのような底棲魚などが近海で汚染するでしょうね。これからずっと、かなり長い間汚染が続くでしょうから、それも調べ続けなくてはいけない。でも、東京電力の言い草によれば「汚染されているのは無主物」だそうですから(笑)、彼らは何もしないということになるのかもしれませんけれど。海で生計を立てている人にとってみれば、大迷惑がずっと続くということですね。

小林 プルトニウムに関しては、小出さんはそんなに心配することないというようなお考えでしたよね。結構、僕のまわりでもプルトニウムが見つかっていることを心配している人もいるのですが。

小出 呼吸で取り込んだときには100万分の1グラムを吸い込んだらになってしまうというくらい、プルトニウムは猛毒物質です。でも食べ物を通して摂取する場合には、ほとんど水に溶けませんので排泄されてしまうはずです。ですから、これからあちこちにプルトニウムの汚染が広がって、それを魚や野菜で食べることに関していうならば、私はそこまで危険が大きいとは思わないのです。そのうえ、福島第一原子力発電所から放出されてきたプルトニウムの量は、セシウムに比べると多分100万分の1くらいだと思っているんですね。だからといってプルトニウムが無害だとか、注意をしなくていい、と言っているわけではありませんけれど、被ばくというなかの全体の重みとしては、セシウムが圧倒的に多いはずです。だから、それに気をつけるべきだと私は思っているんですね。

生き物として反応することを繋いでいく

人が営みを作って循環する方法へのシフト


小林 今、食の話が出ましたけれど。50禁、60禁のように、年齢に応じて食べていいものや悪いものを決めるべきだ、と小出さんは以前もおっしゃっていました。多分、お考えが変わっていることはないと思いますが、東北の食の振興を考えると、例えば政府が出している暫定の基準値に、あまり目くじらを立てないというか顕微鏡で覗くようなやり方ではなくてね。東北の農家の人たちを勇気づけようというムードが、僕らのまわりでボランティア的に頑張っている人たちの中にも出てきているんですね。経済も絡んでいるから、それを徹底的に調べていくにはコストがかかるだろう、と。僕はそういう立場ももちろん分からないわけではないのですが、確証がどう影響していくのかが分かりにくいものなんですよね。

一方では、そうやっていい加減に済ませることをやめて、きちんと測定していく。何が正しい測定なのか、完璧というものがどこにあるのか、ということが分かりづらいのが、放射能の難しさだと思いますけれど。 食べものというのは、そうやっているうちに腐っていってしまうようなものでもあるし。 僕らap bankとしては測定器を買って、自分たちのおこなっている食のプロジェクトでも使うし、一般的にもそれを貸し出したり、場合によっては使う技術者も含めて派遣します、ということをやろうかなと思っているんですよ。どちらが正しいかということではなくてね。調べていくということに対して、そういうセンシティブな部分を切り捨てることはしないでやっていこうと思っているんです。

小出 ありがとうございます。今、国や東京電力がやろうとしていることは、暫定基準値を決めて、それを超えているものは市場に出回らせないし、下回っているものは元々危険がないから安心しろというわけですよね。でも私は「冗談を言うな」と思うんです。1キロあたり500ベクレルがお米の暫定基準値ですけれども、じゃあ、499ベクレルは安全なのか?と言ったら、もちろんそんなことはないわけですよね。だから彼らがやろうとしていることは、汚染の実態を隠したまま国民に「安心しろ」と言う戦術なんです。でも、一番大切なことは、汚染の実態を知ることなんですね。 とにかく、どういう食べものがどれだけ汚れているかをきちんと知らなければ、子どもを守ることすらできない。

小出 先程も聞いていただいたように、この汚染というものは、東京電力のれっきとした所有物が汚染したことによって生じているわけですから、東京電力が自分の所有物をどこにどれだけばらまいたかを測定して人々に知らせる、という責任があると私は思っています。

小林 なるほど。

小出 小林さんたちが測定器を購入して人材も含めてやろうとしてくださるように、あちらこちらでそういう動きが立ち上がって人々が自衛しようとしているわけですよね。 それはこんな国の中では仕方ないことだと思うし、やってもらえるのは大変ありがたいと思うけれど、でも本当は違うと私は思うんです。もし東京電力がそれで倒産しようと、彼らに測定器を買わせて人材を配置させるべきです。それをどうしてみなさんが求めないのだろう、と思います。

小林 そうなんですよね。小出さんと話していると、どんどん僕が話したい方向に流れていくから「ところで」という必要が全くないんですけれど(笑)。東京電力に対しての僕達国民の想いというものが、なにか今、途切れてしまっていて。あれだけ送発電分離といわれて、再生エネルギー法案やそれに代替するような話もでてきて、「エネルギーを安定供給でやるんだ」ということに対して「そうじゃないんだ、僕達がエネルギーを自治していく心を持って、つまりエネルギーを分権してみんなで管理していこうよ」という気運が高まった、もしくは絶対的に東京電力が独り占めしたから起きた問題だということがこれだけ露呈したはずなのに。 今、小出さんがおっしゃっていたこと、僕もちょっと抜けていました。そうか、測定器は東京電力がやるべきですよね。自分がばらまいたことなんだから。

小出 そうですよ(笑)。

小林 検査はやっぱりやってほしいですよね。そういうことも声が出なくなって、汚染物質は格納容器の下にあるかもしれないとか、津波による影響だけで地震は大丈夫だったんだ、みたいな発言が出てくるじゃないですか。どういう意味かといえば、「地震大国といえど、大丈夫なんじゃないかな」ということを暗に言おうとしているというのが明らかなんですよね。

小出 そうですよね。

小林 冗談じゃないよ、と。東京電力の経営者がどうこうということもありますが、電力の安定供給という名の下に作ってきたシステムにみんなが依存してしまったことが、今回の事故の大きな要因だと思います。

みんなでこのシステムを解体していこうという方向になる必要があると思うし、そのことに多くの人が気づいているはずなのに、一切動かないのは何故なんでしょう? それはこの国の経済と政治が塊になっている、というところなんですかね。

小出 それは先程から小林さんが解説してくれている通りなんだと思いますし、経済の構造が出来てしまって政治も経済界もずっとその利権にぶら下がってきたわけだし。 それをただちに取っ払うことが彼らにはできない、ということなんでしょうね。

小林 置き換えていくだけで、決してそのパイが縮小するわけではないのでね。

小出さんがおっしゃっているように、エネルギーに依存ばかりしている社会に問題があるとは思いますけれど、そのやり方のパイを変えていって、人がちゃんと営みを作って循環していくやり方があるはずですよね。また元の木阿弥になるのがいちばんいけないと思います。

小出 そう思います。でもこの国、そして経済界の指導者たちはそうは思わないようなんですね。原子力がなければ経済がシュリンクしてしまって、雇用だって守れないぞと脅かしをかけるわけですし。労働組合もそれに引きずられて「原子力だ!」といまだに言い続けるような、そういう国なんですよね。

脱原発を「限られた人がやっていること」にしない


小林 我々は命を授かった生き物として、色々なことに反応して生きていけるはずなのに、どんどんその反応が退化してしまっている。言いくるめられるというか、半ば諦めて生きていかなければいけなくて、生きることがあまり楽しいと感じられなくなっている人も多いかもしれない。なのに、また同じことが起こるということになりそうでね。

小出 そうですよね。

小林 ただね、例えばこういう会議をもっとたくさんの人とおこなって、僕や小出さんがツボにはまったような意見を言ったときに「そうだ!」と手を挙げるのは、大抵決まった人たちなんですよね。 昔からある種の政治集会や原子力に取り組んできたような。そういう人たちが悪いわけではないのですが、そういうやり方に「またやってるよ」と思ってしまう人たちも、たぶんいるんですよね

小出 はい。でもそういう意味では小林さんのようなプロデューサーの人たちが音楽を通じて訴える、という手段があるわけじゃないですか。私なんかは本当に原子力のテクニカルなことしか発言できないし、たぶん皆さんが私の意見を聞いてくれるのもそういうことがあるのだと思いますが。

小林 いやいや、ちょっと違いますね。こういう言葉を使うとあれですが、小出さんは決して学者バカじゃないでしょう(笑)?  生きていくには、化学も哲学も宗教的なことも、いろいろなことがある、という考え方が小出さんの中にはあるじゃないですか。だから小出さんも、みんなで「そうだ!」と言っていればなんとかなる、とは思われていないと思うんですよ。僕や小出さんのように、生き物としてちゃんと反応することを繋いでいくというか、言葉で攻撃するだけではなくて実感のようなものをうまく伝えていくことが必要だと思うんですよね。

それは音楽に限らないと思うんです。僕は前々から思っているのですが、小出さんと話している事自体に魅力みたいなものがあるから(笑)。そういうことって、すごく大事なことなんですよ。

小出 小林さんが私のことを評価してくれるのはとてもうれしいけれど。小林さんだっていわゆる音楽の世界の人間としてはかなり特殊じゃないですか。僕はあまり知らないけれど、きっと音楽の世界にもそれなりの支配構造というものがあって、言いたいこともストレートには言えないという人たちだっているでしょうしね。商業主義的な曲を作っていればお金になるという人たちだって、きっといると思うんです。でも、それだけではやっぱり困りますし、小林さんみたいに発信を続けてくれる人というのはとても貴重で、うれしいと思います。

小林 分かってはいたけれど、結局やっぱり凝り固まってきているなという印象がありますし、来年あたりになると気持ちとしては残っていても「脱原発」ということを言い続けることに疲れみたいなものが出てしまうんじゃないかなと思います。もっと僕らがどう生きていくべきなのかということに、魅力を感じてもらってね。自分たちが色々なことを知って感じて生きていくためには、エネルギーも食も必要だし、そういうものを自分たちが楽しんで選択できる方向に持っていくことが大事だと思うんですよね。

小出 本当にそうです。

小林 難しいけれど素晴らしいこともたくさんあるから。そういうことをちゃんと繋いで、もっとこうしていこうよ、というアプローチはいろいろとできると思うので。具体的なメッセージを据えなくてもね。宮台真司さんが面白い言い方をしていて、「この世界は借り物なんだから」と。例えば音楽の中に、僕が思う世界を描いて発表することがすごく大事なんですよと。

小出 いいですね。

小林 そうなんです。こういうものじゃなければ、としがみついてしまうのではなくて、僕にとっての命の全うの仕方をやることが大事なんだよなと、つくづく思っているんです。もちろん「そうだ!」と手を挙げる脱原発の人たちにも、ものすごい決意でやられている人がたくさんいますから頭がさがる思いもありますし、そういう人たちと手を組むことも当然なんですけれど。要するに世間で「限られた人達がやっていること」と言われないようにしなければいけない、と思っています。脱原発、という言葉のいかついところから入るのではなくて、もうちょっと柔らかくやっていくためにも僕がいろいろと繋ぎますから。小出さん、来年以降ぜひ何かやりましょうよ。

小出 はい。僕は、小林さんの力に期待していますので(笑)。

小林 ありがとうございます(笑)。どうぞよろしくお願いします。

小出裕章

京都大学原子炉実験所助教

1949年生まれ。東北大学原子核工学科 卒、同大学院修了。74年から京都大学原子炉実験所助教を務める。原子力工学者として研究していく過程で、原子力発電反対の立場となる。以来、原子力をやめることに役立つ研究を続け、著書、講演を通じて反原発を主張している。著書に『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社)『隠される原子力・核の真実 原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社)、共著に『原子力と共存できるか』(かもがわ出版)ほか。福島原発事故後の書き下ろしに『原発のウソ』(扶桑社)、『原発はいらない』(幻冬舎)がある。

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