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[日米同盟と原発]:第5回「毒をもって毒を制す」 (2)平和利用で「ばら色」 2013年1月23日 中日新聞
[日米同盟と原発]:第5回「毒をもって毒を制す」 (2)平和利用で「ばら色」 2013年1月23日 中日新聞

◆博覧会に260万人

 読売新聞が招聘(しょうへい)したの講演会は一九五五(昭和三十)年五月十三日、東京・日比谷公会堂で開かれた。

blog 原子力平和利用博覧会 1956.1.2.
1956年1月2日、名古屋市の愛知県美術館(当時)で開かれた原子力平和利用博覧会の原子炉模型を見る大勢の見学者

 使節団にはノーベル賞を受賞した米物理学者アーネスト・ローレンス(53)も参加。柴田秀利が米ゼネラルダイナミックス(GD)側に「著名な科学者を帯同させてほしい」と伝えたことを米中央情報局(CIA)の情報で知った米政府の配慮だった。

 二千六百人収容の公会堂は超満員で、玄関前には大勢の人だかりができた。講演会を生中継したのは日本テレビ。当時、力道山の試合などプロレス中継で人気を集めていた街頭テレビを急きょ設置する盛況ぶりだった。
 米国が「毒をもって毒を制す」と仕掛けた原子力の平和利用キャンペーン。それに応じたマスコミは読売だけではない。五五年十一月、東京・日比谷公園を皮切りに五七年八月まで全国の主要都市十カ所を巡回する「原子力平和利用博覧会」。国務省が在日米大使館に置く文化交流局(USIS)との共催に名を連ねたのは、各地の地元紙や有力紙だった。

 東京は読売、名古屋は中部日本新聞(現・中日新聞)、大阪、京都は朝日新聞大阪本社、広島は中国新聞、仙台は河北新報など。博覧会が開幕する一カ月前の五五年十月に、日本新聞協会が決めた新聞週間の標語は「新聞は世界平和の原子力」だった。

 東京に続く博覧会の開催地となった名古屋は五六年元日から二十四日間、当時テレビ塔近くにあった愛知県美術館が会場だった。高さ八メートルの実物大の原子炉模型や、新エネルギーを使った列車、飛行機のジオラマなどを展示し、原子力がもたらすばら色の未来を強調する内容だった。

 中日は、五六年元日の朝刊社会面トップで「平和と結ぶ“第三の火”」「賛嘆の声わく開会式」など前日に行われた開会式の模様を大々的に報じた。一般入場が始まると、三日の朝刊は「大にぎわいの原子力博」「正月二日で二万超す参観者」と続報を掲載した。

 博覧会開催に合わせ、一月五日から夕刊で「無限のエネルギー」と題する十五回の連載をスタートしたほか、子供向けの特集記事も掲載した。

 その特集記事には「放射能を照らした食品は二年たっても食べられるから冷蔵庫がいらない」という小学生らしい誤解や、科学研究所(現・理化学研究所)の研究者の「原子力というと原子ばくだんや原子マグロのようなこわいものだと考えられがちですが、こんなあかるい面に利用できることを知ってもらいたいのがこのはくらん会なのです」とのコメントもあった。

 現在八十五歳で、中日OBの川瀬博民は当時、事業局の若手社員として博覧会を担当した。「原爆が投下された日本で、原子力の無限の有効性を理解してもらいたい一心だった」と振り返る。

 広島、長崎の原爆投下に続き、五四年のビキニ事件で三度、核の犠牲になった日本。その悲劇は、奇妙なことだが、原子力の平和利用に対する人々の夢を膨らませ、博覧会に足を向かわせていた。

 五六年五月に開幕した広島では、原爆の被爆者を追悼する平和記念資料館が会場だった。現在六十八歳の佐久間邦彦が訪れたのは小学六年生の時。母親に背負われていた一歳の時に被ばくしたが、遠隔操作で放射性物質を扱うロボット「マジックハンド」を見て「危険な放射能も制御できるんだ、と感動した」と話す。

 以来、「原爆と原発は別物」と思いこむようになった佐久間は三菱重工業広島製作所で技術者となり、原発建設にも携わった。しかし、福島第一原発事故を見て「ようやく間違いに気付いた。あの博覧会で、米国の思惑にまんまとはまってしまった」と悔やむ。

 ほぼ二年にわたり、全国十カ所で開催された博覧会には二百六十万人の来場者が集まった。USIS東京支部は五六年二月二十二日、ワシントンの米国務省に中間報告を送っている。

 東京工業大の山崎正勝名誉教授を通じ本紙が入手したその報告書のコピーは「アトムズ・フォー・ピース(平和のための原子力)は日本で成功している」とのタイトル。

 「日本人は米国がソ連より原子力の平和利用で先行していると信じるようになった」「核実験を継続する必要がある以上、日本人に平和利用を訴える努力を続けるべきだ」

 博覧会と時期を重ねるように、政界でも原子力の歯車が動きだす。中心人物は五五年二月の総選挙で初当選した正力松太郎だった。

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