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[日米同盟と原発]:幻の「広島原発」 米が一時検討、市長も前向き 2013年1月23日 中日新聞
[日米同盟と原発]:幻の「広島原発」 米が一時検討、市長も前向き 2013年1月23日 中日新聞

 平和利用の名の下に、反核世論の沈静化を狙っていた米国は、被爆地・広島に日本初の原発を建設する計画を検討していた。

 きっかけはビキニ事件の翌年、一九五五(昭和三十)年一月二十七日。米議会で行った下院議員シドニー・イエーツ(45)の演説。それによると「日本人はまたしても核の犠牲になった」とし、日米友好に向けて両政府が共同で広島に原発を建設することは意義深いことなどとした。

 当時のアイゼンハワー政権も広島原発の可能性を検討。米国務省の五五年五月の複数の機密文書によると、大統領が「米国の罪を認めることになる」などと反対し、計画はつぶれた。

 一方、イエーツ提案はマスコミを通じて日本にも伝えられ、当時の広島市長、浜井信三(49)は地元紙に「原子力の最初の犠牲都市で初めての平和利用が行われることは犠牲者の慰霊にもなる」と前向きなコメントを寄せていた。
 浜井のおいで現在七十七歳の医師、砂本忠男は当時の発言について「原発建設で、広島の復興資金が得られると考えていたのだろう。もし害がないなら利用をしたい、と、当時大学生の私に話していた」と振り返る。

 広島市立大の田中利幸教授は「米国は広島原発を本気で考えていたのではなく、反核感情を抑えるため、被爆地の中から『原発がほしい』という声を上げさせたかっただけなのではないか」と指摘している。

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